【斎藤一人さん】成功の道には褒美があり、間違った道には報いがある

斎藤一人さん
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今自分がいる場所から成功の方向へ歩く

このテープに関していいますと、聞きたい人だけが聞いてください。皆さんのところへ回るかどうかはわかりません。ちょっとですね、訳ありのテープになります。

「1から始める」ということです。1から始めるってどういうことですか?っていうと、物は1、2、3、4から始まるんですよ。言葉は「あいうえお」から始まる。この宇宙がドーンと爆発した時に、一番最初に出た音が「あ」なんです。1から始まる。物は1から始まるんです。知恵でも何でも1から始まるんです。

その「あ」が凝縮して溜まってるところが「頭」なんです。だから、頭というのは無限の広がりを持ってるんです。で、物事が次から次と生まれるんですよ。

それで、この「1から始める」ってどういうことですか?っていった時に、1とは自分が今いる場所なんです。で、今自分がいる場所から始めなきゃならない。

それで、人間っていうのは、本来は幸せになるようにできてるんです。わかりますよね?

それで、自分が今まで歩いてきた道というのがあるんです。それで、こっからこっちに行く。要するに、成功の道がこっちだとしますよね。それが(反対の)こっち向かって歩いていっちゃう。すると、歩けば歩くほど成功から遠ざかっていっちゃう。

ところが、この時点から向きをこっちに変えたとしますよね。どこからでも、その人が向いたところから成功の位置に行けるんですよ。だから、今までどんな生活してても、いいんですよ。

成功の道には「褒美」があり、間違った道には「報い」がある

それで、正しい方向に向いて、成功の方に向かって歩き出してくると、どういう結果が起きるかというと、自分を高めてくれる試練があるんです。試練。で、その、困難ですね。
で、その困難を乗り越えると、ご褒美がもらえる。報酬が。報酬というのがもらえるんですよ。わかりますか?

だから、困難はどこに行ってもあるんです。ところが、成功じゃない方へ向かって行った場合、困難が出てくるんです。で、それを乗り越えるとどうなるかっていうと、「報い」がくるんですよ。

報酬の「報」も「報い」も同じ字なんですよ。だけど、えらい違いなんです。なんでかっていうと、苦労する。間違った道でも苦労があるんですよ。で、その、そこで苦労を乗り越えたら幸せになれるんだと思いますよね。

ところが、間違った道で乗り越えると、「この道は間違ってますよ!」というのを教えるために出てきた困難だから、それを乗り越えたら、もっと困難が来るんです。だから、努力しても努力しても結果がいつも報われない人は、必ず成功じゃない道を行ってるんです。

で、成功の道に出てきたことは、一つ乗り越えればご褒美がもらえる。で、また一つ乗り越えれば、ご褒美がもらえるんですよ。

「我」が強いと間違ってることをずっと押し通してしまう

で、この前あの、こういうのがあったんですよね、(あんまりこういうのは一例だから、自分では対象にならないと思うんだけど、)もう旦那が暴力奮っててどうしようもないと。
で、あんまりひどいんでね、駆け込み寺まで行って。で、駆け込み寺へ行ったらば、そこで初めてお経を聞いた。

そのお経のすばらしさ、自分がすごい感銘した時に、こんな素晴らしい体験を実はさせてくれたのは旦那さんなんだ。だから、私は旦那の元へ帰んなきゃいけないって帰った人がいるんですよ。

(それは)ダメです!もう暴力奮うというのはおかしいんです。わかりますか?お経はお経で聞けばいいんです。で、帰ったって、ろくなことないんです。またもっとひどい目に遭うんです。わかります?もうね、そっち行っちゃ、常識外れの奴と付き合ってちゃダメなんです。いつかこの人が立ち直ってって、立ち直るとか、そんなこと構っちゃいけないんです。わかります?

仕事でも何でも、自分はどんどんどんどん努力してるのにどうしてもうまくいかない。うまくいかなかったら、必ず自分は間違ってんじゃないか。その間違ってることをずーっと押し通すのは、実は「我(が)」なんです。

この前、あの、ツカサのウィークリーマンションの社長が出てて、潰れちゃったんですよね、あそこね。よそにとられちゃった。そしたら、最初はなかなか銀行が相手にしてくれなかったんだけど、バブルの終わり頃になったら、「これいかがですか?これいかがですか?」って持ってきて。「自分はやっと銀行に信用されたんだ」って色々買っちゃったら、最終的にクズみたいなの全部押し付けられちゃって、潰れてったんだよね。

その時その人が、昔の週刊誌やなんか全部読み直してみたり、いろんな新聞見たら、もうバブルが潰れるということはずーっと出てたんだ。ところが、それを見る目がなかったの。お知らせが出てるのに、ずーっと見ない。それは自分の「我」が強いの。「こんなことなりっこない」とか、冷静さを欠いてるんですよ。

もしかしたら、自分は間違ってるんじゃないか。
成功の道を歩きながらも常に、自分に出てきた困難を乗り越えた時、報酬、神様からのご褒美、幸せ感、「もう本当によかったなぁ」って、これを頂いてますか?

乗り越えるたびに、また次の困難がくる。ご褒美じゃなくて報いが来てるんだ。そのことをわからないで、ずーっと行くと、行けば行くほど大変になっちゃうの。成功がこっちなのに、こっち向いて歩いてる人がいる。成功からずーっと遠ざかっちゃう。幸せからも遠ざかっちゃうの。幸せの道じゃないの。そういう人は勝手に変な解釈してんの。ね?

駆け込み寺行くほど殴られたりなんかしてんのに、「この人のおかげでお経を聞けた」とか、こじつけです。それって、「うん、そうだね」っていう人もいるかも分かりません。私は言いません。あなたの今を見てください。あなたには困難が襲ってきませんか?とんでもないことが起きませんか?

そういうことしてると、本当に泥棒にも遭うし強盗にも遭うし、殺されることもあります。そっちじゃないです。行く道が違うんです。自分の今いる位置から成功のことを考えましょう。

成功の道には必ず神様からのご褒美がある

さっき言ったように経済のこともそうです、今から経済のことを考えれば正しい道っていうのは分かるんです。仕事の方もそうです。仕事の話の中にも出てたように、自分は新規の客を取らなきゃいけないんだ。それも「どうせ取るなら勢いをつけてやらなきゃいけないんだ」っていった時、仕事はうまく行き出すんです。

成功の道に向かい出すんです。成功する人も成功しない人もたいした違いはないんです。
ニコニコやってるか、勢いよくやってるか、「こんにちは」って言いながら配ってるか、嫌々やってるか、それで違うんです。成功の道には必ず、神様からのご褒美があるんです。

それで失敗の道は行かしたくないから、「そっちじゃない!そっちじゃない!」っていって次々と困難が出るんです。困難を乗り越えても、報いが来ることはあっても報酬は来ないんです。何か摩訶不思議な話ですから、これは聞ける人だけが聞く。

あの、特に「生きがいの創造」とかそういうの読み終わった人が、これを見るのはすごくいいことだと思います。

以上で終わりまーす。はい、ありがとう。

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